フリーフライト紙飛行機 「猿」+

山形からここに引越ししてきました。 時々、模型飛行機や戯言を飛ばしています。

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スーちゃんでちょっと  「なんとなく生きて」います

同年代のスーちゃん特集をTVでやっていました
スーちゃんも逝ってしまいました。乳がんとの長い闘いだったようです。
母も乳がんで入院、切除しましたが転移、スーちゃんとあまり違わない年で死にました。
家族と病院が一体になって戦い抜いた結果、当時では成功の部類だったのでしょう
がんの告知から7年、骨と皮になるまでギリギリ生かされ、管につながれたまま死にました。
心蘇生をするからと心停止したその瞬間、家族全員は看護士に病室から追い出されました。

今回の地震と津波、
普段の生活をしていた被災地の皆さんが死ぬための予感すら覚悟すらなくアッという間にこの世から消え去りました。
生物が生きるのはたった1回、生物であるヒトも生きるのは同じたった1回。
生物の幕引きを運命と呼ぶならば、人間の運命は宗教がないと受け入れ難いのかもしれません。
死んだ気で仕事をしろ!死んだ気になったら何でも出来る←こんなの嘘っぱちです。
生き抜くのは自殺をする以上の苦労(自殺を決意すると「自殺する」はかなり違います)です。

これまでに数回死ぬ目に遭いましたが、死に損なっていまだうだうだ生きています。
昔 かかわっていた岩登りの世界では自己責任が大前提です。
岩登りや海外遠征は保険会社も担保を嫌がるリスキーな環境にあるわけで死の緊張感に溢れていました。
その頃 他人が死んでも自分は死ぬはずがないと考える意思が生き残る糧と信じ、
遭難は生きる気力を失った順番に仲間が死ぬものと考えておごっていました。
目の前で仲間が息を引き取るのを何も出来ずに見送ることもありました。

その頃、私が仕出かしたトラブルで仲間がその犠牲となって逝きました。
自分では何も出来ず先輩方の指示通りに後始末をするしかありません。
訴訟を覚悟しました。原告の主張は全面的に受け入れる覚悟でした。
こんなグジャグジャの頃、唯一私の理解者と勝手に思い違いし、頼りにしていた母が逝きました。
遺族からの訴訟はありませんでしたが、私はハイキングに転進しました。

意識的に山から遠く離れ、まだなんとなくなんとなくまだ「なんとなく生きて」います。
定年後に昔の仲間とネパールに山歩き(トレッキング観光)に行きたいものです。

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